災害救援ボランティア

新潟県中越大震災の報告
                                   

 河川環境基金 新潟支部

    支部長 長谷川枅佑
 午後6:00前、体の自由が利かないほどの激しい揺れ、本震なのか余震なのかわからない揺れが3、4回。電話、携帯電話は繋がらない。テレビを見た。震源地は私のところから直線で、40、50qの川口町、小千谷市、山古志村を含む中越地方。2004年10月23日新潟県中越大震災だった。
 92時間ぶりに救出された優太君2歳の報道を見て、「自分も何かをやらせてもらいたい。」と県対策本部に電話をしたが、「日に何十回もの大きな余震がありまだ危険です。ボランティアの出動はもう少し待ってください。」とのこと。
 余震が続く中、栃木支局から早川支局長をはじめ応援が来てくれた。新潟支部と合流し、総勢15名で小千谷市へ向かった。通常なら一時間程度で到着する道程も、道路が寸断され四時間余りの道程となった。毎土、日曜日交代でボランティアに参加した。
 川口町からの要請で11月24日(水)平日のため、息子と二人でボランティアに行くことになった。ご主人がこの震災で亡くなった、年老いた三人の女性の家だった。家は半壊、土蔵も今にも倒れそうだ。市役所から委託された建築士が派遣され、彼らの判断で全壊、半壊が決定し、市から全壊で三百万円、半壊で百万円の援助金が支給される。鈴木さん宅は、半壊という決定だったが建て替えずに直すだけでも一千万円はかかるだろう・・・。
 信濃川へ注ぐ和田川、朝日川、野辺川は河道閉塞、堤防の決壊のまま年を越します。17号線をはじめ、国交省直轄の国道は復旧したが、新潟県管理する国道は13ヶ所寸断されたまま。県道においては50ヶ所が寸断されたまま。
 人口250万人ほどの新潟県では、この震災による避難者が10万人、住宅損壊9万棟。被害総額3兆円を上回るとされています。また、7.13水害の残した爪痕もまだ、癒えず、加えて北朝鮮の拉致問題等々問題は山積していますが、こんなときだからこそ被災によって亡くなられた方々ヘ衷心からご冥福を祈るとともに、河川環境保護指導員として行動力を持って頑張ります。
 末筆となりましたが、新潟支部の活動に本部を通じて、多大なるご協力をいただきました栃木支局、千葉中央支局、房総支局の皆様をはじめ多くの方々に感謝申し上げます。ありがとうございました。

「新潟県中越大震災」の表記について

気象庁発表「新潟県中越地震」に対し新潟県では、阪神・淡路大震災の被害をしのぐ、
      この地震に対し「新潟県中越大震災」としています。
      地域密着をポリシーとする河川環境基金では、新潟県の表記を採用させていただきま
      した。                                   
                                            
河川環境基金 事務局



【今回もまた迅速な対応で救援活動にかけつけていただいた栃木支局・新潟支部の皆様】